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保健学科の歴史
History

保健学科 沿革

  • 昭和43年(1968) 5月

    琉球大学設置法の一部改正により保健学部が設置された。

  • 昭和44年(1969) 4月

    保健学部の第一期生59名が入学した。

  • 昭和45年(1970) 6月

    琉球大学設置法の一部改正により新那覇病院は琉球大学附属病院となった。

  • 昭和47年(1972) 5月

    本土復帰に伴い琉球大学附属病院は,琉球大学保健学部附属病院となった。

    • 保健学部
    • 保健学部附属病院

  • 昭和56年(1981) 4月

    保健学部が医学部保健学科に改組。保健学部附属病院は医学部附属病院となった。

  • 昭和56年(1981) 4月

    医学部医学科8講座が設置され、 保健学科は4大講座 (基礎保健学,保健管理学,保健医療学,保健技術学) に再編成された。

  • 昭和58年(1983) 3月

    保健学科及び医学科基礎系講座が上原団地へ移転した.

  • 昭和61年(1986) 4月

    琉球大学大学院保健学研究科 (保健学専攻,修士課程) が設置された。

  • 平成元年(1989) 11月

    琉球大学保健学部・医学部保健学科設立20周年記念式典・祝賀会が執り行われた。

  • 平成15年(2003) 4月

    保健学科は4大講座が6大講座(基礎看護学,成人・老年看護学,母子看護学,地域看護学,生体検査学,病態検査学) に再編成された。

  • 平成16年(2004) 4月

    琉球大学は国立大学から国立大学法人へとなった。

  • 平成19年(2007) 4月

    大学院保健学研究科が改編され,修士課程が博士前期課程に,博士後期課程が新たに設置された。

  • 令和元年(2019) 12月

    琉球大学保健学部・医学部保健学科設立50周年記念式典・祝賀会が執り行われた。

  • 令和3年(2021) 4月

    保健学科教育研究支援室創設

  • 令和5年(2023) 10月

    保健学科教育研究支援室が保健学科技術支援室に名称変更

歴代
就任時期
保健学部長
松林 久吉(初代保健学部長)
昭和45年(1970) 9月
松﨑 吉彦 
昭和48年(1973) 9月
西山 勇
昭和50年(1975) 9月
杉浦 正輝
昭和52年(1977) 9月
照屋 寛善
昭和54年(1979) 9月
大学院保健学研究科長
大鶴 正満
(初代大学院保健学研究科長)
昭和61年(1986) 4月
竹中 静廣
昭和62年(1987) 4月
石津 宏
平成元年(1989) 4月
竹中 静廣
平成3年(1991) 4月
宮城 一郎
平成4年(1992) 4月
普天間 弘
平成6年(1994) 4月
崎原 盛造
平成7年(1995) 4月
石津 宏
平成10年(1998) 4月
河野 伸造
平成12年(2000) 4月
外間 登美子
平成16年(2004) 4月
高倉 実
平成22年(2010) 4月
福島 卓也
平成26年(2014) 4月
小林 潤
令和2年(2020) 4月
保健学科主任
今村 禎佑
昭和56年(1981) 4月
竹中 静廣
昭和60年(1985) 4月
石津 宏
平成4年(1992) 4月
保健学科長
崎原 盛造
平成5年(1993) 4月
河野 伸造
平成7年(1995) 4月
荒木 弘一
平成13年(2001) 4月
安仁屋 洋子
平成14年(2002) 4月
外間 登美子
平成15年(2003) 4月
宇座 美代子
平成16年(2014) 4月
栗山 一孝
平成20年(2008) 4月
垣花 シゲ
平成22年(2010) 4月
福島 卓也
平成25年(2013) 4月
小林 潤
令和2年(2020) 4月
国際交流(シンポジウムの開催)
  • 令和2年(2020) 2月

    The 3rd International Symposium on Global Health

保健科学研究会

保健科学研究会は保健学科の教育・研究の充実発展をめざし1981年に発足されましたが、1995年93回続いた保健科学研究会は学内において、琉球医学会がスタートしたことと相まって中止されました。しかし2002年、日頃の研究成果を発表する場として、また保健学科教官全員が博士号を取得すべく、特に若手研究者の育成をめざし再スタートいたしました。
平成19年・20年・21年度には特別教育研究経費(心身ともに豊かな健康・長寿のパラダイム構築に資する人材養成)および再チャレンジ支援経費に掛かる事業(現職看護師等社会人学生支援プログラム)による海外招聘教授等の特別講演も行うことができました。

(保健科学研究会抄録集より)